2025年 カズオ・イシグロの最初の長編小説の映画化。脚本・監督は「ある男」の石川慶。主演の広瀬すずが主人公・悦子の複雑な内面を演じ切ることに成功していました。
あらすじ
イギリスに移り住んで30年近く経つ悦子(吉田羊)のもとに、イギリス人の夫との間に生まれたニキが久しぶりにロンドンから帰ってきた。悦子はなぜか昔のことを夢で見た。遠い昔、長崎に住んでいたころのことだ・・
原爆投下から数年後、復興しようとしている長崎市。初めての子供を妊娠し、夫の二郎とともに穏やかな結婚生活を送っていた悦子(広瀬すず)は、あるとき佐知子(二階堂ふみ)という女性と知り合う。佐知子には万里子という子供がいるが、アメリカ人の恋人といっしょに万里子を連れてもうすぐアメリカに行くという・・
感想
映画化されるとわかってから、原作本を購入し、なんと3回も読んでから映画を観に行きました。3回ぐらい読まないとよく咀嚼できなかったのです。
そうして自分なりに、カズオ・イシグロさんとしっかり向き合い、満を持して映画館に向かいました。で、それはやはり大成功。
映画だけを見ても、どこまで理解できるだろうか。当時の長崎のこと、そして信頼できない語り手のことも。そういう心配があります。
ですが、この映画、原作をしっかり読んでから観た人には、心の底から感動する内容になっていました。ああ、そうきたかという。
映画の予告ではミステリー仕立てのようだったので、それは違うじゃんと少し思っていたものの、実際に映画を観たら、原作の内容にちゃんと沿って、しかもきちんとミステリーになっていたからこれは驚き。石川慶監督のすばらしい脚色。たしかにそう取れますねと、直接言いたいぐらい。感心しました。
ですが、もともとのカズオ・イシグロの小説は彼がまだ27歳のころに書かれたもので、もしかしたら作者自身がどこかに投影されているのではと私はみていました。
これは、小説が作者の手を離れて、壮大なミステリー映画となったということなのでしょうが、カズオ・イシグロさんとしては予期せぬことかもしれず、またとても興味深いことだったのかもしれません。
吉田羊の英語のセリフ、小気味よい二階堂ふみの啖呵、時代に取り残された人物の三浦友和、すべて良かったですが、やはり広瀬すずが「海街diary」で全部持って行ったあのときを思い出させる、貫禄の演技を見せたことは私としては安心した、という思いでした。
スクリーンの中でこれほど存在感がある人は稀有です。顔が映るだけで十分、という俳優は世界中に何人いるでしょう。それはおそらく生まれ持ったものです。心配だった滑舌が、大事なセリフのときはちゃんとうまく決めているのも素質の一つでしょうか。
ただやはりこの映画の素晴らしさは、原作を読み、悦子(吉田羊)が信頼できない語り手であることを理解してから観られたほうが、ちゃんと伝わるのかなと思いました。